加計学園や陸上自衛隊の日報を問題をめぐる国会質疑は、納得できる説明がなされずに、疑念はかえって深まりました。加計学園の問題は、行政の公正さが捻じ曲げられ、私たちの税金が不当に使われた可能性があるものなので、民主主義の根本に関わる問題です。このままうやむやにされてはいけません。
しかし、それにしても、国会の議論の内容のなさに、空虚な言葉にうんざりしているのも正直な気持ちです。政治には、他にも議論すべき重要なことが山積しているはずだと、多くの方が感じているのではないでしょうか。
8月になりました。まもなく、広島・長崎の原爆の日。日本は世界で唯一の被爆国です。その被曝国が、核兵器禁止条約に参加していないことについて、本当にそれでいいのか、国会は議論を重ね、マスコミも報道し、私たち国民も考えなければならないと思います。
核兵器禁止条約は、7月7日、国連加盟国のおよそ3分の2にあたる122か国が賛成するという圧倒的多数で採択されました。この条約の思想が世界の潮流になっていることを示していますし、内容も未来に向けて画期的なものです。
条約は、核兵器の使用だけではなく、開発や実験、保有も禁止しています。また、「使用の威嚇」も禁止です。核抑止論を否定するものです。条約の根本にあるのは「核兵器は非人道的な大量殺戮兵器だ」という認識です。
核は、戦闘員のみならず一般の人々を大量に死に至らしめる兵器です。同じく大量殺戮兵器である毒ガスがすでに国際的に禁止されているのに、なぜ核兵器は禁止にならないのか?この根元的な、倫理に基づく訴えが世界を動かしました。
条約の前文は、核兵器の危険性、国境を越えて人類の生存や環境・健康・食料などに破滅的な影響を与えることを指摘し、その非人道性について詳しく触れています。「ヒバクシャならびに実験の被害者」の「苦痛と危害に留意」という文言や、「母体や少女への悪影響」の指摘もあります。
また、今回の条約は、中小国の主導でつくられたことも画期的でした。従来の核廃絶の条約であるNPT(核不拡散条約)が核保有国中心のものだったのに対し、今回の条約は非核国が倫理と論理をもとに核の廃絶を訴えました。NGOなども議論に参加しています。条約会議のリーダーがコスタリカのホワイト議長だったことが象徴的です。
内容も画期的であり、また条約作成の進め方も新しい時代を開くものです。こうした世界の潮流に被爆国日本が背いたままでいいのか、国会も私たちも真摯に議論しなければならないと思います。
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